ニューヨークピラティス研修へ
皆さまこんにちは。
いつもスタジオのご利用ありがとうございます。
昨年2025年の夏、ニューヨークにてピラティス研修に参加してまいりました。
その際には長らくお休みを頂戴し、誠にありがとうございました。
この話題に対し、なんとなく分かるような分からないような?それで、ニューヨークで一体何をするんでしょうか?と思われていた方もいらっしゃるかもしれませんね。
なのでそのあたりの説明を少ししたいと思います。
ジョセフ・ピラティスの指導に近いといわれるニューヨーク在住のピラティスの先生方を訪問し、ワークショップ(勉強会)やレッスン、プライベートセッションを受け、またそれらを見学する、といったプログラムに参加してきました。
今回は計6名の先生方にお会いしてきました。
それぞれに個性があり、はたまた共通点もあり、そのあたりは改めて別でしっかり記録しておきたいなという気持ちがあるのですが。
ひとまず現時点ではインスタに載せていますのでご覧いただけましたら幸いです。(見たよ!と言ってくださった皆さま、ありがとうございます!)
■なぜピラティスでニューヨークなのか

なぜニューヨークなのか?というお話です。
ピラティス指導者以外の方は「?」と思うポイントかもしれませんね。
なぜニューヨークなのだろう。
これはピラティスというものや人、歴史やルーツの話からになってきますが、ジョセフ・ピラティスという人はドイツ人であり、
アメリカに移住したのち、ニューヨークにて自身のスタジオを構え、亡くなるまでをニューヨークで過ごし、指導をしていました。
そのジョセフ・ピラティスから直接指導を受け、のちにご自身も指導者となった先生たちがニューヨークにおり、
そしてその直接指導を受けていた先生たちのもとで生徒であった方たちが、現在もニューヨークにピラティススタジオを構えていることが多い、という理由で、もともとのピラティスに近いものを教わることができる環境が(比較的多く)ある、という経緯です。
この原型のやり方や動きに近いものをひたすら浴び続けることができるプログラムには、都市単位で考えるとニューヨークが適している、ということになるのかなと思います。

今回参加するにあたって事前に考えていたことや、初日にみんなで話した時の「参加理由、勉強したいこと」と、
最終日に結果的に「今回感じたこと、学んだこと」というのは、実は結構違っていました。
もともとは、こういうことを勉強したい、取り入れたい、というものがあり、その気持ちを持って参加を決めていました。
実際お客さまにも「新しいことを勉強するんですか?」とお尋ねいただきました。
それもおひとりではなく数名の方からお聞きいただきました。
そう思いますよね。
もちろんそれもありましたし、普通、さまざまなものはいかに新しいことを考えるか、取り入れるか、というような風潮にあり、実際そのようにして物事は進化しているものだと思います。
ですからそのような考えに、当然なると思います。
しかし、今回のプログラムで実際に学んだと思えることは、それとは全く違っていました。
新しいやり方を学べてよかったです!という感想はメインでは出てきませんでした。
これは自分でも予想外の心情で、とても不思議でした。
もちろん、新しいことが何も無かったわけではなく、知らなかったやり方や考え方を学ぶこともできました。
しかし、「それが今回一番心に残ったことだったか?」というと、そういう結果ではなかった、ということです。
むしろ新しいこととは逆の方向性を知ることができた、という感じなのですが、それでもなぜか大きく前進したように思います。
逆方向というのは、もともとのオリジナルで行われていたものに近い、「クラシカル」という考え方、取り組み方が一体どのようなものなのかということを、体系的にではなく、感覚として触れることができたということです。
■クラシカルピラティスへの考え方
音楽で言えばクラシック音楽、踊りではクラシックバレエ、絵画はギリシャ・ローマ時代、文学では古典といったところになるのでしょうか。
様々なジャンルのものに「クラシカル(古典的)」なものは存在しますが、ピラティスにも、まだ歴史が長くないとはいえそんな概念が存在しています。
日本にいながらクラシカルピラティスに触れることは、「選べばできるけど、ナチュラルにしていたらなかなか機会はない」という感じが現状での感覚でしょうか。
クラシカルピラティスはどういうものなのか。
これはもしかしたら歴史を学ぶのと同じようなものなのかもしれません。
日本史や世界史って何のなんのために学ぶんですか?ていうようなことと、ちょっと近いような。
歴史は学生時代にあまり得意な分野ではなかったので、実際いまだにその答えがしっかり出ていない大人ではあるのですが、でもそれにちょっと近いようなことを感じました。
そんな歴史があまり得意ではない私にとって、クラシカルピラティスを極めて継承するんだ!というような気概もそこまでなく、
現在のピラティスでの目的は、いま担当させていただいているお客さまにとって良いことをしたい、ということで全く変わりはありません。
ただ、クラシカルのこういうところは絶対に入れた方が良い!
というかこれを体感していないと良い状態を作り続けることは難しい!と感じることはたくさんありました。
(マシンがちがう、とか順番が決まってるよ、というようなことは割愛します。)
■クラシカルなのかコンテンポラリーなのか
このクラシカルピラティスというくくりのものが、果たして全員にとって、特に担当させていただいているお客さまにとって、良いのかどうなのか。
迷いのようなものはずっとある程度あった中で、どこかからの伝達ではなく、【自分が】浴びるように、連続して触れてみて、実際にクラシカルに触れ続けた人にお会いするのが近道で、それによってこんな迷いも払拭しやすくなるのかも、と考えていました。
このクラシカルなのか、コンテンポラリーなのかということについては、
ブロッサム先生の言っていた
「クラシックバレエの他にもダンスはいろいろあって、ジャズでもヒップホップでも、そういう他のダンスがどうでも良いというわけではない」
という解説がとてもしっくりきました。
クラシカルピラティスが1番優れている、ということではなく、コンテンポラリーのやり方も必要な時や人もかなりあるし、そもそもどちらかに優劣を付けられる類のものではいということです。
ただ、さまざまな分野において「クラシカル」に触れている方はなんとなくイメージできるかと思いますが、
クラシカルでしかなし得ないものや、表現というのは、正直、存在すると個人的には思います。
日本らしくいうと「伝統」などが近いのでしょうか。
いわば基礎的な要素が含まれていることになるのがいわゆる「クラシカル」となるので、それを飛び越えてもできるものと、絶対にできないものがあるとは思います。
逆から入ることができない、やりにくい、ということなのかな、と個人的には思っています。
スポーツや芸術などでも、基礎的な技術練習はスキップすることができないと思います。
先に出した絵画や文学なども、古典的なものからあえて引用されることがありますよね。
それを教養として知っているから楽しめる、というものは多く存在しますし、
ピラティスは芸術や文学ではないものの、知っているからできること、わかることというのはやはり同じようにあるような気がします。
そもそも、昨今のピラティスの(日本での)やり方(打ち出し方)や勉強法に若干の違和感が出てきたのもありました。
まさに解剖学ピラティス!時代。
なんだか安心安全そう。
そしてこれがまたなんだかかっこよく聞こえたりなんかして。
特定の箇所に効かせるためには、不調を取り除くためには、
エラーはここ!、ここに代償動作が出ている、という「知識」メインの考え方はかなり浸透していると思います。
もちろんまだまだ知らないアプローチ方法や、良いやり方があることもよく分かっています。
ですがそれだけではなく、もう少しセッション全体をとおしての考え方や流れ、身体とメンタルの変化なども考慮している必要もある、ということが今回のニューヨーク研修ではっきりしました。
■クラシカルピラティスセッション
クラシカルピラティスをしっかりと体験してみて。
クラシカルからのアレンジ方法や発展方法、エクササイズの選択性はそれぞれの先生方において実に様々でバリエーション豊かでした。
アプローチ法はそれぞれにちがいはあれど、クラシカルピラティスをベースにおいたしっかりとした基礎の上に存在している先生方は全員、圧倒的な美しさとかっこよさでした。
全くレベルのちがうものに感じました。
そしてそんな先生方からのピラティスセッションではフィジカルな面だけではなくて、もっとメンタル面の変化を感じました。
これが一番の感想です。
やり方がどうのこうの、合っている間違っている、ここが代償動作だからエラーだから、というようなテクニック的な側面をまったく飛び越えた内容でした。
私だけではなく、一緒に参加した皆さんからも最終的にほとんど同じ感想を聞くことになりました。
だいたい同じようなことを感じていたと、最終日のスピーチを聞いていて思いました。
納得の内容でした。
共有した具体的なことは、参加した大切な皆さんとの秘密にしておきたいと思います。
感覚的なものでもありますし。
行かなかったらわからなかったことだな、と本当に本当に思いました。

長らくピラティス指導をすることができている状況ですが、ここへきていろいろな勉強法やいろいろな指導者が選べるよう、ピラティス自体がとても豊富になってきて、逆に何が本当に良いのかわからなくなってくるような気持ちがありました。
ピラティスを受けるお客様側も、もっとそうだと思います。
ピラティスは、【ボディ・マインド・スピリット】というけれど、実際は「はぁ・・・、そうですか。」というテンション感の方も多いのではないでしょうか。
なんかすごそうだけどよくわからないな、スピリチュアルは苦手だな、まぁ動ければいいです!と。(その気持ちがよくよく分かります。)
この【ボディ・マインド・スピリット】は、クラシカルベースのピラティスに触れて、良い指導者の影響がないと全く理解できないことなのだなと思います。
エクササイズ内容ではなく、感覚の問題です。
「ココにこう効くからこれをやってみましょう」
「これだと間違ってるからこれが正しいやり方です」
それをやっていると一生たどり着けないことかもしれません。
いつもお越しくださっているお客さま方は、わたしが以前よりいろいろ口うるさく言わなくなったな、と思った方もいらっしゃるでしょうか。
もしかしたらですが不安にさせてしまっているかもしれないですね。
「これで合ってる!?」となっているかも。
それは、あきらめたわけでも、見えていないわけでもなく、こんな理由あってのことなのでご安心いただけたらなと思います。

■ピラティスとは何か
ピラティスとは何なのか。
今回のニューヨークでのピラティスを通して感じたことは、
ピラティスとは、『フィットネスとかそういうものを通り越して一種のエンタメなのではないか』
これが自然と出てきた感想です。
哲学である、というように考えている方には変に軽く聞こえてしまうかもしれませんが、わたしには良い意味で、エンタメのひとつとして自分自身やその心を喜ばせるものと位置付けてもいいのではないか、と感じることができました。
なんて自信を与えてくれるものなんだろう。
ピラティスとは、エクササイズを通じ、自分の可能性を信じることができるとものだと思います。
自分は、できた、やり切った!という気持ちになってスタジオを後にし、新しい気持ちで次の活動に向かうことができる。
わたしは個人的には「先生」というものに、これまで良いイメージや思い出があまりなく、自分がこの仕事を始めてからも「先生」と呼ばれるのもそんなに好きではないというか、しっくりこないというか・・・と思っているのですが、(そんなこと言われても呼び方に困る!となりますね。)
今回のこの研修に参加し、訪問させていただいた先生方は間違いなく「先生(teacher)」でした。
それは、これまでの取り組み方がその出立ちに現れ、精悍な佇まいであり、接し方が共通していて、まさに先を生く先生でした。
このようになるためには、日々のピラティスの取り組みや自分自身がいったいどういう状態であるかがとても大切であり、それがまさに大きく反映される仕事であることを感じました。
皆さまにも、ピラティスで頑張っている!、
もちろんピラティス以外のことでも、お仕事でもお料理でも何かスポーツでもダンスでも、お掃除でもお勉強でもなんでも良いです、
「自分は頑張った!自信をもってできた!」ということを感じていただけたらなと心から思います。
自信は勝手にはやってこず、何かを積み重ねて頑張ってみた、頑張ることができた!という肯定感から得られるものだと、今回体感しました。
ピラティスでは、指導法によってはそれを助けることができます。
本当の意味で自分をすきになる、を実感することができるもののひとつとして、ピラティスも選択肢のひとつとしてある。
ついでに身体も良くなる。
これが、フィジカルとマインドのつながりだと思います。
このことをより、お客様に体感していただき、いつもお元気に前向きにお過ごしいただけるように頑張っていきたいと、自分の中で強く感じて納得できたニューヨーク研修でした。
得られたことと、一緒にニューヨークでの時間を共にしてくれたみんなを一生忘れないはずです。
これからの人生も、こんな積み重ねたものがあれば大丈夫、と思えます。
そしてそれを実感していただけるような皆さまとのセッションをつくっていきたいと思います。
